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あなたがそう思うのなら もうそれでいいです

金沢雑感

 去年の年末に金沢を旅した。
 旅した、などというと聞こえはいいが、市内のベタベタな観光地を数か所見て回っただけである。
 二日間の実時間で10時間程度の観光だったが、食事と金沢城の五十間長屋を除けば、おおむね満足できる旅だった。

 この旅をするにあたって、事前にいろいろと金沢について調べていたのだが、その中で、香林坊というところが金沢市の繁華街の中心地で、非常に栄えているとの情報を得ていた。
 そのため、夜の食事のことも考えて宿も香林坊に取り、それなりの心積もりで現地に行ってみたら、「え、これで!?」と思ってしまうような、「それほどでもない」街の様子に肩すかしを喰らったような感想を持った。
 他の街と比較をするというのは野暮なことなので、本当はやりたくないのだが、説明をわかりやすくするために行ったことのある街で例を挙げてみると、観光ガイドなどで特に取り上げられることもない茨城県水戸市の繁華街とどっこいどっこいという感じだった。
 日本を代表する観光都市の金沢ということで、流れでその中心繁華街もガイドで紹介されることが多いのだろうが、紹介するともなると、それなりのことを書かなければならないのだろう。
 日頃は地元の人が見向きもしないような場所が、ガイドブックでは大層な「観光施設」として扱われているという例がよくあるが、その変形のようなものなのかもしれない。
 といっても、金沢が特別に「それほどでもない」街なのではなくて、日本全国を見回してみれば、平均よりは明らかに「栄えている」のである。
 ただ、ガイドブックなどでの書かれ方によって、あまりにも高い下駄を履かされているので、どうにもこうにも東京や名古屋などの、本来は特殊な例であるはずの巨大都市の「栄えている」様子を無意識に想い描いてしまっていて、実際に行ったときに想像とのギャップに戸惑うことになってしまうのである。

 香林坊のことはさておき、周遊バスの車窓から見た金沢の町並みは、あえて古い町並みを残しているわけではなさそうなところでも、どことなく落ち着いた風情を感じさせた。
 松原健之の「金沢望郷歌」冒頭、「桜橋から大橋見れば」を体験してみたくて、寺町回りのバスに乗ってみたのだが、桜坂を下るところで眼下に広がる金沢の背の低い町並みに、なにかグッとくるものを感じた。「ああ、いま私は旅をしているのだ」とあらためて思った。

 食べ物については、あまりいい印象がない。
 泊まったのが日曜日の夜だったということもあって、休んでいる店が多く、目ぼしい店には満席で入れなかった。
 さんざん歩き回って入った場末の店は、せっかくのノドグロを焼きすぎですっかり脂を落とし切ってバサバサにして出してくるなど、脂信者ではない私でさえどういうつもりだと言いたくなるようなところだった。
 口直しで入った寿司屋は、立派な店構えだがメニューがなくてケースの中も見えず、仕方ないのでお任せで頼んだら、どこでも食べられるようなありふれたネタばかりで出してきた。
 いい印象がないと書いたが、帰り間際に駅近くで入った回転寿司は、地物のネタも豊富で職人が手で握っており、食感も味も素晴らしかった。
 金沢で寿司を食べるなら、一般店よりも回転寿司の方がハズレを引く心配がなくていいのかもしれない。
 もっとも、値段は一般店とさほど変わらない。
 大手の100円均一店にしか行かず、値段でしか価値判断しないような吝嗇家は入ってはならない。
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 金沢はゆっくり歩いてみたいというような場所が多いが、そのわりに金沢駅を除けば、兼六園以外には荷物を預けられる場所がない。
 兼六園前の坂道では、建ち並ぶ土産物屋から「200円で預かるよ」などと店ごとに声をかけられて閉口させられたが、他の観光エリアにはコインロッカーも荷物預かりの客引きもないだけに、まだマシだ。
 ひがし茶屋街には案内所があるが、ボランティアと思しきガイドがいるだけで、荷物を預かってくれるサービスはない。
 午前中に金沢駅に着いたとすると、まず駅で荷物を預けて、市内を見て回って、また町はずれの駅に戻って、それから宿に向かって…ということにせざるをえないだろう。
 先に宿に荷物を預けるという手もあるが、それにしたって、荷物を預けるだけのために一度宿まで行って出直さなければならない。
 観光都市としては、少々不便なように感じる。

 ところで前述「金沢望郷歌」に「春の風吹く香林坊に小松砂丘の言葉が残る」という一節がある。
 実は、この歌詞の意味がまったくわからなかった。
 たしか金沢あたりの海岸線は砂丘になっていたはずで、近隣には砂浜を車で走れる道もある、というくらいの中途半端な知識はあったので、小松市にも砂丘があって、それにゆかりのあるナニモノかが香林坊に残っている?などという、わけのわからないことを考えていた。
 「小松砂丘」が人名であり、金沢では有名な画家にして文人であり、その歌碑が香林坊に建っているということを知ったのは、金沢から帰ってずいぶん経ってからのことである。
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by tima-formosa | 2015-03-07 09:42

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