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あなたがそう思うのなら もうそれでいいです

敵なら殺しまくってもOK!?

 タイトルに惹かれて『超高速!参勤交代』の文庫本を読んでみたのだが、なんとも後味の悪い本だった。
 最初から最後までバカバカしくて荒唐無稽であれば、エンターテインメントとしてこういうのもアリかな、と思えたのだろうが、なまじ基本的な設定や時代考証などが比較的しっかりしていて、主人公の湯長谷藩主が心優しく領民想い、弱者想いの人物として具体的に細かく描かれているために、最後のあたりの展開に首を傾げざるをえないのである。

 さまざまな障害を乗り越え、なんとか刻限内に江戸までたどり着いた主人公の政醇だが、江戸城の入口で敵の差し向けた軍勢に取り囲まれてしまう。
 そこで、敵と大立ち回りが繰り広げられることになるのだが、心優しいはずの政醇をはじめ、家臣たちまでもが、なんのためらいもなく敵の手足や首を刎ね飛ばしまくり、大槍で敵を串刺しにしまくるのである。
 やらなければ自分たちがやられてしまう、というのは理解できるが、それにしても凄まじいほどの大量虐殺なのである。
 しかも戦いを続け、敵を殺めていくうちに、気分が高揚して楽しくなってきたと家臣が述べる描写まであるのには、空恐ろしさを覚える。
 弱いものを守るため(という名目)、自分の愛する人たちを守るため(という名目)なら、自分たちと敵対する者を殺しまくってもOK!罪悪感などまるでナシ!なのである。
 これでは百田尚樹の『永遠の0』とさして変わらないではないか。

 本とテレビ番組を比較するのは筋違いかもしれないが、同じ時代劇である『暴れん坊将軍』は、ツッコミどころ満載のストーリーやコミカルな演出もあって、非常に優れたエンターテインメントだと私は評価しているのだが、それは大立ち回りでも基本的には峰打ちであって、無駄な殺生はしていないというところも大きく貢献しているように思う。
 対して『超高速!参勤交代』は、後半にいたるまでの牧歌的な描写や、家臣の相馬の機転などのコミカルな描写が、クライマックスで描かれる大量虐殺シーンを違和感を持って浮き立たせる結果となってしまってはいないだろうか。
 映画の脚本となることを前提とした筋書きであることから、ある程度の大掛かりな「見せ場」が必要なことは理解できるが、物語全体での整合性を図ったうえで、もうすこし違ったかたちにできなかったのか?
 いま世の中は、対テロの名目で、力による他者の捻じ伏せを当然視する風潮が強いが、この『超高速!参勤交代』も、そういった風潮を煽る一助にならなければよいが……





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by tima-formosa | 2015-12-28 20:24

by tima-formosa